日々衝動的に書いている日記も、ふとした瞬間に読み返していくと結構面白い。自分の心の変化というか思考や悩みややりたい事の移動距離や深さがどうだったのかも含めて自分自身で過去にタイムスリップできるのは日記ならでは良さだと思う。
カフェインレス生活を始めて4~5日目の今日はあんまり頭痛くない、1週間ぐらい頭痛いのが続くかなと予想していたけど案外早く馴染んで来てるのかもしれない。
あと何が影響しているのかまだ明確じゃないけど、今日はやたらと朝から全てが軽い。頭も動くし、体の疲労の波というかボラティリティ的なやつも無くて嬉しい。こういう体験があるとより日々の仮説検証の楽しさからも抜け出せなくなる。笑
という前置きはさておき…
今日は「ファクトをとことんリスペスクとする」というテーマについて思考整理を兼ねて書いてみたいなとこの日記を開いています。
ファクトに対するリスペクトというか、ファクトをどれだけ雑音に惑わされず理解するか、そして理解し続けにいく姿勢をトコトン突き詰めたいなと最近は感じる。
例えば最近やってる株式市場というゲームにおいては、この重要性をものすごく感じてる。現状の理解では「将来の株価に対して、安い株価で買えるか」が突き詰めると株式市場で勝つためのごくシンプルな原理原則だと思ってます。
ただこの如何にも言葉にするとものすごくシンプルなはずの、「安く買う」を追求する過程は果てしなく複雑で、しかも突き詰めていっても定量的に“正解を導き出せないようになっている”という、理不尽なゲームなわけです。笑
でも、だからといって「頑張っても仕方ない」みたいなテンションで望むと、それは投資→投棄にゲームが変化してしまうと個人的には考えてる。
つまり“最もらしい正解”に対して限りなく頭を使って、仮説を立て続ける必要があると思ってるし、投資家としてそう在りたいなと思ってます。※もはやここも在って欲しいと自分自身に対して願いを持ってるという表現の方が正しそう。笑
まぁそんな結果を構成する要素は無数にある中でも「ファクトだけは絶対に1つ」という点に僕自身はフォーカスして、そのファクトに対してリスペクトを持って、ファクトに限りなく忠実に向き合うことを徹底していきたいと思います。
こうなると結局のところ…
・うまくいった時=運だと思って自分を過信しない
・間違った時=自分自身の仮説にフォーカスをしてまた別の仮説を立てる
といったいい具合のバランスが取れそうな気がしている。
人は意識しないと逆の現象が心の中で起きると思います。
・うまくいった時=自分の仮説があった
・間違った時=周りの環境や影響がマイナスに影響した
間違いなく僕もこれに当てはまります。
ただ仮説というのはさっきも書いたように“最もらしい正解に近づく方法”であり、それが結果的に“たまたま正解になっただけ”の話なので、
そこに慢心して次の仮説を立てにいかないのは、シンプルに頭を使うことから避けているだけだと思う。
ということを胸に今日も仮説の1,000本ノックと向かいます。